第5話 無限のオーバーライト

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テレマブレインのコールセンター内、特設オフィス。
業務マニュアルをはさんで、上山と八幡は朝から議論を続けていた。
八幡が上山にこれだけ食い下がるのは珍しいことだ。
昨日、居酒屋で松島との対話から得られた着想…問題を引き起こしている不明瞭な複数の原因に対して、イッパツでアプローチできる“ツボ”という概念。
上山との問答を通じて、八幡は必死に一連の問題の“ツボ”を探っていた。
「オペレーションの性質上、捏造infoメールの発生を完全に抑えることは不可能だよね」
「はい。リーダーもSVも荷電中の音声を聞く事はできますが…20人のコールスタッフが一斉にかける電話の内容をすべてチェックする事などできません」
「架電を常時監視できない以上、架電先からメールアドレスの取得を失敗したのに、まるで成功したかのようにメールアドレスを捏造できてしまう」
「捏造したメールアドレスはデタラメですから、普通なら宛先には届きません。顧客にサンクスメールが送られた時点で、エラーメールが帰ってきて終わり」
「しかし、infoなんてアカウントのアドレスは腐るほどある。これがたまたま存在していた場合は…顧客企業にサンクスメールが届いてしまう」
「顧客がサンクスメールをスルーしたら…」
「架空受付の成立というわけです」
「うーん、このフェーズだけは100%不正を除くのは無理だね…」
午前中から繰り返された議論は、すでにある結論へとたどり着いていた。
『信用に足るコールスタッフを育てる』
この点で、上山と八幡の意見は一致をみていたのである。
本当に申し込みを受付けたか、メールアドレスは正しいか、不正をしていないかどうかは最終的にコールスタッフを信用するしかないのだ。
不正やエラーを完全に抑えこむ…ということは『従業員の行動を完全に管理する』ということである。しかし、これは事実上不可能な命題である。
あらゆる構成員を監視下におき、決められた以外の行動ができないよう完全に束縛する…そんな組織が成立した試しはない。
集団を終始見張っている能力が監視する側にもないし、集団よりも個人の利益を優先するのが人間の生理である。監視する側が目を離せば、人間は自分の生存がより有利になる方向に行動を開始する。たとえ、それが集団の不利益になる行動であっても…。
こうした信頼性の低いユニットに、管理側の望む行動をとらせるにはどうしたらよいのか。
教育するのである。
信頼性の高い行動をとるように、人間というユニットを教育するのだ。
ユニットの信頼性が高ければ、管理側は監視する必要すらない。
つまり、コールスタッフが不正を起こさぬよう再教育するのである。
「結局のところ彼らの行動を変えるには、KPIによる評価とフィードバックを徹底するしかないと思う。架空受付に対して厳しい罰則を設けて、業務マニュアルからの逸脱がいかに割りに合わないかを反復して教えこんでいく。地味だけど、少なくとも今までよりは不正に対する抑止力は働くはずだ」
「でも…」
「うん?」
「それじゃあ、ヒューマン・エラーに対する施策がなにもなされていないじゃないですか」
「それは仕方がないだろう。ノンミスのオペレーションなんてありえないってことは八幡くんも知ってるはずだ。こまめな注意喚起を行ってエラー件数を減らすことが、僕たちにできる精一杯じゃないかな」
「コールスタッフが不正することと、集中力の欠如によるエラーは…根っこが同じなんじゃないかという気がしてなりません」
「根っこ?」
「はい…現行のオペレーションはあまりにも機械的すぎて…なんというか…人間という生き物の理に適っていません」
「うーん…でも、現状、テレマブレインのコールセンターで行われているオペレーションは、日本全国のテレフォンマーケティングの現場で実施されている管理手法とそんなに違わないと思うんだ。もし、ウチの策定したオペレーションが非人間的なものだっていうなら、日本全国のコールセンターが従業員に非人間的な仕打ちを行ってるってことになる」
「そう…なのかもしれませんよ」
「だとしたなら…八幡くんは、何かドラスティックなオペレーションの改革案でも持ってるのかな?機械よろしく扱われているコールスタッフたちを救済しうる…いま現在、常識とされている手法を覆すような…」
「ドラスティックな改革なんて、そんな大げさなことをやろうということじゃありません。要はアプローチするポイントがズレてるんじゃないかと…」
「アプローチするポイント?」
「オペレーションがコールスタッフに働きかける…そのありようですかね。…それを変えたいんです」
「ふーん、それは…現行のオペレーションのどの点?」
「スクリプトとインセンティブですね。この二つのあり方を、より人間的なものに見直します」
松島との対話から、八幡はその二点にオペレーションを改善する余地を見出していた。コールスタッフはスクリプトに従う機械ではない。インセンティブのあり方も、何かが間違っている。すくなくとも、歩合給は限定的な効果しか生んでいないように思われた。
その証拠に、業務を受託した初月のサービス受付件数の爆発的な伸びは、二月目からは鈍化して横ばいに転じようとしていた。八幡はその伸び率の低下から、歩合給というインセンティブの限界以上のものを感じていた。それは、コールスタッフの“飽き”や“疲労”や“怒り”といったようなものか…少なくともプラスではない感情…。八幡は大胆な仮説を立てた。

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歩合給は…コールスタッフたちに嫌がられているんじゃないか?
「具体的にはどうするつもり?」
「それは…少し考えさせて下さい。ただ…私はコールスタッフの行動を変えるつもりはありません。彼らに自ら行動を変えてもらおうと思っています」
「甘いね。管理側が妙なヒューマニズムから従業員の自由裁量を拡張したら、人間は自分の頭で考えなくてはならなくなる。実は、それはとてもしんどいことなんだよ」
「社長こそ、いつになくかたくなじゃないですか。我々は営業代行の大手二社と競合で勝ち抜かないといけないんですよ?ノウハウも経験もすべてが上の大手と戦うには、外部からのインセンティブよりも内発的なモチベーションを引き出していかなければ…。労働者の生産性を上げることしか、私たちに開発が許されたリソースはないんです。社長の意見は大手がとっている戦略を強化すると言っているに過ぎない。あまりにも保守的でしょう」
「いやいや、正攻法と言って欲しいね」
従業員の再教育という結論は一致しているのに、方法論の違いで二人の議論は堂々巡りを続けていた。上山型性悪説と八幡型性善説の衝突である。
「大体さ…テレフォンマーケティングにおけるオペレーショナル・エクセレンスって、なんだと思う?」
「え…」
不意に基本的すぎる質問を投げかけられて、八幡は慌てた。
そういえば、べつだん意識したことはなかった…トリノ・ガーデンの社員としては常に考えておかねばならない事なのに…。
「うーん…お勧めした商品の契約をバンバンとれる状態…ですよね」
「それは、オペレーショナル・エクセレンスが成立した結果に過ぎない。いいかい、八幡くん…俺はこう思っているんだ。それは…お客様に情報を案内する『理想的な人格』が誕生する…ということ」
「理想的な人格…ですか?」
「万人が好感を持ち、要領よく短いやりとりで商談をまとめる理想的な人格が誕生すれば、自ずと営業成績も伸びていくはずだ」
「そんな人間をつくるなんて無理ですよ。第一、教育をする私たちがそんな人格でもないのに、どうやってスタッフを指導するんですか」
「お手本があるじゃないか。スクリプトだ」
「スクリプトという個性抹殺の理想像を追求するのですか?それは録音が応答するプッシュ選択システムと何が違うんですか?」
機械では、人間が持っているほどの臨機応変さを発揮することはできない。絶対に人間の能力は必要になる。例えば…そうだ…。
「人工知能が発達して、人間の一問一答にごく適切に対応できるコンピュータが誕生したら、この仕事はいらなくなるでしょうか?」
「なるね。セールスする相手が変わっても、案内する内容が変わっても理想的な接遇を行う人格。万が一失敗があっても、オペレーションを無限に上書きし続け、間違いを正し、その業態が存在する限り永遠に生き続ける。そんなものが機械的に作れるようになったら、コールスタッフはいらなくなるだろう。でも、今の技術じゃそんなこと無理だから、せめてそれに近づけようという努力がオペレーショナル・エクセレンスを導くんじゃないかな」
「いや…しかし、人間の持つ『判断』能力を利用してオペレーションを構築しているからには…。荷電中に適切な対応をしようと判断するのも人間、不正しようと判断するのも人間ですよ。適切な判断をすることが『人間』にとってプラスにならなければ、人の行動を変えることなどできません」
人間に信頼する八幡らしい意見だ。部下ながら、上山はそれを貴いと思う。
思うが…その信念はどうしても上山の見ている現実とかみ合わなかった。
八幡はなおも続ける。
「人間に判断を促す経験や価値観はあまりにも多様ですから…。その一個一個の人格に手を突っ込んで改造するなんて、そんな手間のかかることはとても出来ることじゃありません。そういう意味で、現在のKPIを軸にした“スタッフをいかにスクリプトに近づけるか”というオペレーションは機械的で、非効率ですらあります」
「スクリプトによらない多様な応答を許すと?コールスタッフの裁量を広げて、より多くのインセンティブ獲得を目指させるってこと?人によってスクリプトを変えられたら、現場を管理することなんてできないよ」
「いやぁ…だから、そうじゃないんですよ…」
そう…そこがズレてるんだ…。
上山との問答の中で、八幡は次第に違和感の核へと近づいていった。
それは、コールセンターが抱える複数の問題にまとめてアプローチできる“ツボ”そのものでもあった。
「僕らがもらって喜ぶものを、コールスタッフは必ずしも喜びません。例えば…彼らは金銭的な序列を嫌ってきた人たちです。まあ、全員には当てはまらないでしょうが…」
金で使役されて、持っている金の量で上下関係をつけられることを好まなかった人たち…。バイトを転々としてきたコールスタッフたちの“真っ黒な”職務経歴が上山の頭に浮かんだ。あまりに転職の回数が多すぎて、印刷をためらうくらい情報量が多いエントリーシート…。
八幡の言いたいことが、ようやく上山にも理解され始めた。
「でも、彼らの都合で社会は変わりません。金で序列される社会で暮らす以上、彼らはその底辺に甘んじるしかなかった。その彼らにですよ…『お金をあげるから頑張れ』と言ったところで、果たして心底よろこぶでしょうか」
「営業成績は上がったじゃない。歩合給と再教育の賜物だよ」
「でも、復讐心と自己嫌悪は募ったでしょう。目の前にニンジンをぶらさげて、自分の嫌いな行動を無理やりとらせる連中に…照間やら上山やら八幡やらに…ひと泡吹かせてやりたいと思ったとしたら…」
「金じゃ…不正はなくならないってことか」
「ええ」
「じゃ、どうする?金以外のなにをやったら、彼らは行動を変えてくれるんだ」
「さあ、それは…。でも、考えます…コールスタッフたちのバックグラウンドに共通して訴える、もっと人間らしいインセンティブのあり方を…」
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二人の問答は、どうやらひとつ解にたどり着いてピタリと止んだ。窓から外を眺めると、とっぷり日が暮れている。定時はとうに過ぎているが、上山にも八幡にも帰宅の意思はない。
缶コーヒーを飲んで一息いれると、見つけた“ツボ”にアプローチするべく二人は業務マニュアルの改定に取りかかった。

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