第1話 お宿とOYADO

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北陸新幹線で東京から二時間半、金沢駅に降り立つ。少しは雪でも積もっているのかと思ったが、チラついてもいないのでやや拍子抜けする。
兼六園口から金沢城方面に向かって歩くと、二月の太陽はもう西に傾いていた。
クライアントからもらったアクセスマップをもとに7〜8分歩く。もう店の門構えが見えてきた。

無垢一枚板の看板がかかっている。『旅荘 三ツ和』と彫られていた。
やや苔むして黒光りする看板は、西日のせいでノミの彫り跡までが深々として見える。この旅館が老舗であることを重々しく主張していたが、駅近の近代的なビル群を背景としたその佇まいはこの建物が与えるべき旅の風情を無残にも奪い去ってしまっていた。
門を通り過ぎ、古い引き戸に近づくとスッと横にスライドして驚く。念入りに柿渋と焼き入れで加工した木製の自動ドアだった。
映画セットのような仕上がりに感心して入口土間を進むと、女将らしき人が出てきて頭をさげる。こちらも急いで頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
「あ…いえ、わたくし…」
トリノ・ガーデンの上山と申します。
名刺を差し出して名乗ると、その女将らしき人は「あー、あー、あー」と手を打って、「お待ちしておりました」と帳場の奥へ案内してくれた。
帳場のスタッフも笑顔で挨拶してくれる。なかなか気持ちのいい宿だ。
神棚が特徴的な…ややオールドファッションな事務所を横切ると、廊下の向こうに簡素な合板のドアが見えた。『社長室』というプレートが貼られている。近所のホームセンターででも買ってきたのだろう。アクリル製のたぶん裏がシールになっているやつだ。こういうところにはお金をかけない主義らしい。
「社長…トリノ・ガーデンの上山社長が見えられました」
ドアの外から女将が呼びかけると、部屋の中から「どうぞ」という声がした。
女将がドアを押し開けると、屋号が入った法被をひっかけた男性がこれまた簡素な事務机から立ち上がろうとしていた。本件のクライアント、株式会社オーベルジュ三ツ和の井出社長だ。
「お待ちしてましたよ、上山さん」
井出社長はそう言って、職業がら鍛えられたであろう明朗な笑顔を見せた。

一週間前…。
井出社長はトリノ・ガーデンの事務所にやってきた。アポイントもなく突然に。
ラッキーとしか言いようがない。
仕事の性質上、トリノ・ガーデンの社員は社外を飛び回っていた。そこは社長である自分も例外ではなくて、月に数回、数時間あるかないかのオフィス滞在時間に井出社長の来訪がたまたまマッチしたのだ。
慌ててしまったのはこっちのほうで、事務所にはデスクとパソコンが一台あるきり。応接セットも申し訳程度のものしかない。お茶がどこにしまってあるかもわからない…それほど、この青山の事務所には居つかないのだ。
「おかまいなく」
井出社長はそう言って笑っていたが、そういうわけにはいかない。我が社を頼ってきたお客様だ。
給湯室の戸棚の奥に緑茶を見つけ、買ったきり使ったことのない真新しい湯のみに淹れて出す。今度はこうした事態も想定に入れておこう。トリノ・ガーデン自体のオペレーションだって、改善し続けるべきであることに変わりはない。
「きれいな事務所ですね」
井出社長は見回しながらお茶に口をつけた。
そういう言い方もできるか…。なにしろ、オフィスを開設して以来ほとんど使用したことがないのだから。

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「今日お伺いしましたのは…」
そう切り出した井出社長は、応接のローテーブルにファイルや書類を並べはじめた。ノート型パソコンを取り出して電源を入れる。

「…新しい業務サポートシステムを導入しようと考えたからでして」
というと、井出社長は自分の経営する宿の紹介動画を再生し始めた。夕方のニュース番組で特集された際の映像だった。
内容はこうだ…。
旅荘三ツ和は金沢駅徒歩10分圏内に位置する温泉宿。市街のど真ん中に位置している。高い利便性のかわりに、正直なところ旅情はあまりない。
しかし、それを補うサービスとおいしい料理で好調な経営を続ける人気の宿である。
とくに、社長の井出氏が『旅館とホテルのいいとこどり』と自負するおもてなしはお客様にも好評。「伝統的な温泉宿のあり方を、時代の要請にマッチさせた『OYADO』スタイル」という社長が宿を宣伝するときの常套句で映像は締めくくられていた。
「このあと、うちの従業員がスイーツ作ったりしてね。キノコ狩り行ったりもするんですがね…お客様とね。まあ、そこ見ていただいても仕方がないので…本当は見ていただきたいんですけど」
井出社長はお気に入りのおもちゃの自慢を止められてしまった子供のように、本当に残念そうにしてパソコンを閉じた。
「本当に素晴らしい旅館ですね。行ってみたくなりました」
冗談ではなくそう思った。それから…少し不思議に思った。
一体、この人は何を困ってウチに来たのだろう…。
井出社長の出してきた資料をパラパラとめくる。

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毎期きちんと利益も出ているし、財務指標もこれといって問題はなさそうだ。
業務マニュアルも気の利いた内容だし…。動画では宿の厨房も写っていたが、道具のレイアウトや従業員の教育などプロの目から見ても行き届いていた。さて、トリノ・ガーデンが介入することでどれだけ効果が上がるものか…。
まあ…あえて言うなら、従業員の超勤が多いことと高コスト体質が挙げられるが…。
しかし、従業員の長時間労働は旅館業の宿命のようなものだ。高コスト体質だってお客様へのサービスに力を入れようと思えば避けて通れない。同業他社と比べても、特に飛び抜けた数字でもないし…まさか、これを改善しようということかな。
その疑問を察するように井出社長が矢継ぎ早に説明を続ける。
「で、今回…トリノ・ガーデンさんにお願いしたいのがですね、旅館業が宿命的に抱える長時間労働と高コストによる低収益化をですね…これを解決したいと…こういうことなんです」
なるほど。やはり、そう来ましたか。
「私の代になりましてからですね、宿のサービスの近代化というものを急速に進めました。すごい反発もあったんですけど、OYADOスタイルなんて自分で命名したりして。アレ、不思議ですね。最初は反発してた従業員がですよ、新サービスで会社の業績が上向きだした途端にね、自分から『ウチはOYADOスタイルですから』なんていい始めるんですよ。手のひらを返したように」
井出社長は宿のことを話し始めると止まらなくなる。本当に旅館業が好きで、仕事が楽しくて楽しくて仕方がないのだろう。
「もうそれでね、こうなったらサービスだけじゃなくて事務のほうも近代化しようということになりましてね。で、どうせ業務システムを導入するならこの業界が今まで苦しめられていたこの二つの問題にですよ…挑戦していこうじゃないかと。ITで改善していこうじゃないかと。なぜならウチはOYADOスタイルなんだからと。そういうハナシになりまして、金沢からはるばるこちらにお話をうかがいに…」
「お断わりまします」
井出社長は「え…」という表情のまま固まってしまった。
「ITは魔法の杖ではありません。社長のおっしゃるシステムの導入ということが、アプリケーションソフトを購入するといったそれだけの意味でしたら、おそらく問題が解決することはありません」
「あ、いや…まあ、手始めになんですが…従業員のシフトを効率的に組んでくれるソフトやなんかがあれば導入したいと思っておりまして。なにしろ、繁忙期と閑散期の差が激しい業界なので。それで、少しでも超勤を減らせればと…」
「おそらくは費用に引き合いません」
盲目的に業務サポートシステムを導入した企業の状況は、イヤというほど目撃してきた。そりゃあ、もう惨憺たるものだ。
「ITブームにのって導入した業務システム…莫大な金をかけ、メンテナンスにも毎月費用が発生し…さて、有効に活用できている企業などどれだけ存在しているでしょうか。システムが提供する指標を100%理解して、当初の期待通りに運用できている経営者なんてほとんどいないかもしれませんよ」
「うーん…しかし、御社はITを活用して経営を最大限に効率化する会社であるという触れ込みで…。業界でも定評のある企業だと聞いたものですから…」
「ウチはITだけを用いて業務改善を行っているわけではないんです。ほとんどの場合、トリノ・ガーデンの社員がクライアントの企業に出向するかたちでコンサルティングを行っています」
お断りしますと言いつつ、目は資料の上を走る。
職業病だ…。どうにかして、その企業が抱える問題を解決できないかと考えてしまう。
宿の概要はわかった…あとは部門別の資料か…。ほうほう、旅荘三ツ和は独立した四部門からなり…宿泊施設、レストラン、みやげ物屋、カフェで構成されているのか…。で…リピート率は…。
あれ…?
「井出社長」
「はい」
「システムを導入する気があるのなら、同じ金額をかけて御社のオペレーションを改善する気はありませんか?」
「…どういうことでしょう?」
部門別の資料を広げて、井出社長に見せる。

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「見てください。御社は四部門の独立した業態で構成されています。いずれの部門も顧客サービスに力を注いでいるのでしょう、高コスト体質・長時間労働は変わりません。ところがです…」
別の表に目を移す。井出社長の目線がそれを追いかけてくる。
「顧客リピート率となると部門ごとにこんなに違う。カフェ店舗など一見さんばかりです」
「いや、しかしカフェは路面店で…利用者は宿泊客ばかりでは…」
「宿泊客の利用が少ないとも言えます。高リピートなのは宿泊施設ばかりで、それが全体のリピート率を引っぱっていますが、これだけのコストをかけている割にはレストラン部門の数字もいまひとつです。つまり…」
株式会社オーベルジュ三ツ和、問題点はふたつある。
ひとつは『複数の業態がバラバラに経営努力していること』と、もうひとつは『その努力が顧客リピートに結びついていないこと』だ。
「この二点はオペレーションの再構築によって対処可能です」
根アカを絵に描いたような井出社長の表情が曇る。
「いや、しかし…そうしたアナクロな努力なら、ウチは限界までやっている自信があります。接客マニュアルしかり、シフトの効率化しかり。コストカットだって、顧客の満足を落とさないと思われるギリギリまで行っています。だからこそ、次はITという最新の技術を導入して…」
「業務改善の方法論という意味でいえば、別にITを導入することばかりかりが最新の手法ということはありません。よりよいオペレーティング・モデルを開発して同業者間の競合で優位に立つこと。実はこれは世界的でかつ現代的な要請でもあります」
「いまより…よくなるってことですか?オペレーションをいじるだけで?」
「そうです。最終的にオペレーションを同業者に売れるほどにしましょう。投資が回収できるのはもちろんのこと、ノウハウ自体がさらなる利益を生み出すはずです」
「売る…ですか」
「ええ…現在の御社のオペレーションは、ほかのホテルや旅館に売ることができますか?」
「いや、さすがにそこまでは」
「でしょう。それではだめです」
「ダメ…ですか」
「はい。同業他社の追随を許さないほどにまでオペレーションを磨きあげる。そこまでいかなくては…」
「あなたならできると?」
「できます。トリノ・ガーデンならできます。その状態をオペレーショナル・エクセレンスと呼びます」
井出社長は窓の外を見つめて考えこんだ。それから、またこちらに目を戻して口を開いた。
「お話を…聞かせてもらいましょう」
八幡くんとのミーティングをキャンセル。事務所に向かっていた彼の「えー」という声がスマホから聞こえた。
電話を切ると、自分と井出社長はふたたび旅荘三ツ和の資料を挟んで座った。
それから何時間も…業務改善の計画を練り続けた。

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