第4話 O-MOTENASHIのO-SUSOWAKE エンディング

img_2510土産物屋『美味や』のOBT導入は比較的スムーズに進んだ。業態もシンプルだったし、飲食のようにほとんど暴力的な繁忙時間帯もなかったからだ。スタッフは落ち着いてリマインド・カードを書き、ゆっくりと読んで頭に入れる。抵抗もなくスムースな導入がなされた。
大変だったのはカフェ『茶湯』だった。
「すいませーん」
ボストンバックを足元に置いた宿泊帰りと思われる年配の女性客三人が顔を見合わせている。婦人たちはもう二、三回もこの「すいませーん」というフレーズを繰り返していた。
厨房の奥に人影が横切るたびに、彼女たちはハッと椅子から腰を浮かし首を伸ばして店の奥をのぞきこむ。
「みんなでミーアキャットって呼んでるんですよ」
八幡がズズッとクリームソーダをすすりながらつぶやいた。
思わず笑いそうになる。

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ミーアキャットというのはアフリカに住んでいる小動物で、外敵を見つけるために立ち上がって周囲を見まわす習性がある。
カウンター席に座って客のふりをしながら自分も店内を確認した。
立ち上がったミーアキャットたちは、キッチンにむかって不安そうに「すいませーん」というフレーズを繰り返している。店の奥まで声が届かないのか、届いていても手いっぱいで動けないなのか…スタッフが対応する気配はない。
…外食産業でいちばんあってはならない状態だ。
『放っておかれる』すなわち『蔑ろにされている』と感じる状態。
せっかくレストランで好印象を獲得しても、帰りがけに寄ったカフェがこうではすべてが台なしだ。
「これはちょっとヒドいね…対応はとったの?」
「僕ができる限りのことはしました。でも対処療法というしかないですね…付け焼き刃です。効果は…まあ、見ての通りですよ。とにかく本部が割いてくれるマンパワーが少なくて…」
カフェ部門の事業規模の小ささからして専任スタッフを多数は割けない。そのわりに繁忙と閑散の時間が揺さぶるように小刻みにやってきて、すぐに人手不足の状態におちいる。来客ははやく席に案内してくれないか、オーダーをとってくれないかとイライラして引っ込んだまま出てこないウェイトレスを首を伸ばして探した。
都内人気レストランの慢性的な数時間待ち行列を一時的にではあるが、ほぼ解消にまで押さえ込んだ八幡くんが打つ手なしとぼやくのだから…これはよほど深刻だ。

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手元の資料をめくる。
あー、なるほど24時間営業の牛丼チェーンみたいなシフト表…ワンオペに近いなこりゃ。
「ヒマな時はとにかくメチャクチャにヒマなんです。ところが、団体の宿泊客がチェックアウトしたりすると突然修羅場になったり…」
「OBT率は?」
「低いですね。お客様の表情を見たり会話をする余裕なんてほとんどないんですから。嵐が去ったあとにリマインド・カードを書こうとしても、もう何も覚えていません」
「なるほど…よくわかった」
この状態を放置していてはOBT率は上がらない。根本的なオペレーションの再構築が必要だ。
八幡くんは深いため息をついた。ポンと肩を叩くと安堵の表情を見せる。
今回も彼の献身に助けられた。
茶湯の業務を覚えてもらうため八幡くんをこの店舗にはりつけておいたのだ。
レストランのリピート率が高止まりしたまま安定し、八幡くんが茶湯の全容をつかむ。このタイミングで自分が三ツ和に乗り込んで…ここまでは計画通り。
さあ、あとはOBTの総仕上げだ。
まず、茶湯の従業員にKPIを設定することからはじめた。お客様に「すいません」と呼ばれるたびに1ポイントを加算する。このポイントがゼロに近くなるように従業員に努力を促す。罰則は与えない。ペナルティがつくと従業員は正直にポイントを加算しなくなって実情が見えにくくなる。
KPIによる管理を実施すると同時に、もうひとつの施策を行った。
これまではオーダーを取るときに水とメニューを一緒に渡して、「ご注文がお決まりになりましたらおよび下さい」と伝えていた。

このオペレーションをメニューだけを持っていくように改めたのだ。
「後ほどご注文をうかがいに参りますので、メニューをご覧ください」とお客様に伝え、水は再度運ぶようにした。
すると、お客様の「すいません」は劇的に減少した。
ウェイトレスの接客時間が増えることでお客様の『蔑ろにされている』感は解消される。注文内容が決まってからオーダーするまでの時間が『放っておかれている』時間ではなくなったこともお客様に安心感を与えたのだろう。
1回で出来ることをわざわざ2回に分ける意味はすぐには理解されず、当然のことながらスタッフの反発はあった。しかし、突発的に呼び出される負担が減ったことで彼らは逆に楽になり、表情も安堵したものになった。そもそも、元のオペレーションだってオーダー取るために2往復するのだが…。

説明しても理解されず実施して初めて理解されることがある。行動し感じてもらうことでオペレーションを変える。このケースは典型例といえる。
KPIが目に見えて改善していくことに面白味を感じたのか、スタッフたちは勝手に「すいません」削減競争を始めた。こうなったらもうシメたものである。
ウェイトレスが追い立てられるように仕事をしている風景は瞬く間になくなっていった。
八幡くんはホールの変化に目をみはる。
「やっぱり社長にはかなわないな」なんていっていたが…そりゃ当たり前だよ。お互いに得意分野が違うんだから。
八幡くんはスタッフに溶け込んで情報収集することにかけては右に出る者はいない。生まれつきの人徳と人生経験からくるもので、勉強して身につくスキルではないから…だけに貴重だ。
そういう一種のプロフェッションを持った人々が集っているからトリノ・ガーデンは強い。逆に言えば平均的で円満なゼネラリストは我が社では不要なのかもしれない。欠落があったとしても補うに足る大きな長所を持った人物を求めてきたのだ。
今回もお互いの長所を活かしたツープラトンが決まった。八幡くんがカフェの業務と従業員の状況をつかむ。それを自分が分析してKPIを設定。オペレーションを組む。
茶湯のOBT率は次第に上昇に転じた。
そのタイミングを見計らう形で、いままでレストラン、土産物屋、カフェで別々に回していたリマインドカードを帳場を中心に宿中に循環させることにした。
結果、レストランやカフェで把握した顧客の情報も宿全体に伝えられるようになった。お客様が再来店するたびに情報は濃度を上げていく。
三ツ和は得意客の情報を完全に管理下に置き共有した。詳細な顧客情報からもたらされるきめ細やかなサービスはお客様に感動を与える。
最終的に三ツ和全体としてのリピート率は10パーセントもの上昇を示し、金沢にある同業他社の追随を許さないものとなった。
集客が安定することで繁閑の波は緩やかになり、シフトを組む難しさは軽減された。OBTによりお客様の嗜好を的確につかんでいるので、仕入れはスリムになりサービスは日々効率化されている。収益の増加とあいまって経営指標は改善。高コスト体質は緩和に向かっている。
オーベルジュ三ツ和はオペレーショナル・エクセレンスに達した。
東京へと引き上げることになり八幡くんの常駐を解く。今後は必要なときだけの出張となる。
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三ツ和の社員が帳場の前に集合した。
「寂しくなりますね」
眉根を寄せて八幡くんがつぶやいた。
すると、井出社長が場にそぐわないくらい屈託なく笑いかえした。
「なにいってるんですか。これから、このOYADOスタイルを近隣の旅館に売りまくるんじゃないですか」
八幡くんがこちらを振り返って『そうなんですか?』という表情をする。
「そうでしたね。三ツ和のOBTを中心としたノウハウはかなりオリジナリティの高いものになってますから。クオリティも素晴らしい。今後はそれを販売するための提携を進めていければと考えております」
「今後ともよろしくおねがいしますよ!」
井出社長はむせるぐらいに八幡くんの背中を叩いた。
八幡くんは「えー」と叫ぶとがっくり肩を落とす。茶湯でこの数ヶ月へとへとになるまで働いた彼だからこそ、このリアクションには嫌味がない。
倉田をはじめスタッフ達が大きな声で笑った。
『長いつき合いになりそうだな…』
八幡くんとふたり頭を下げる。
土間の先にある古いのれんをくぐって…老舗のOYADOをあとにした。
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