第2話:課題の多い料理店

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「しかし、なんなんすか、あの上山って人は」
サムライトーキョーにほど近い、リーズナブルな焼き鳥チェーン。八幡と秋田は背中を丸めて安ワインをあおっていた。滅多に外食も出来ない秋田にとってはご馳走だろう。
「八幡さん、よくあの人の下で働いてますよ。ほんとエラい」
とめどない愚痴にいちいち相槌を打ちながら、八幡は几帳面に焼き鳥を串から外している。
「まあさ、そこをちょっと我慢してお付き合いください。ね、みんなが辛いことは僕がよくわかってるからさ」
「でも、底無しですよ。一体どんだけ時間を短縮できたら満足するんですか、あの人は」
秋田はサムライトーキョーの厨房スタッフで、ラテアート担当だった。楽茶碗に注がれた抹茶ラテの上に、パウダーと泡立てたミルクで絵を描く。
ここ数日、上山とトリノ・ガーデンのスタッフは、秋田に貼りつくようにしてラテアートの着手からサーブまでの時間を計測していた。
最初の頃こそ笑って対応していた秋田だったが、オペレーションを10秒縮めればあと6秒、6秒縮めればあと3秒という具合に終わりのない改善を要求されてイラ立っていた。
監視されながらの作業でいつもの調子が出ない。維持していた集中が途切れて、その日はたまたま失敗がかさんだ。オペレーションのタイムが伸びた理由を上山に追求されたのが、秋田の不機嫌の原因だった。
「そりゃ失敗するよ。調子悪い時だってありますよ。だけど、その失敗の原因を作ってるのは、あんた方じゃないのかってハナシですよ」
「いや、迷惑かけてると思うよ。ホント、ごめんね」
「いや、八幡さんが悪いんじゃないっすから」
八幡はこの調子で、続けざま何人もの従業員の愚痴を聞いていた。
必要な苦痛とはいえ、正直なところ早く終わればいいなぁ…と思う。

あの日…クロサワオーナーに挨拶を済ませた上山は、すぐさま営業時間中のレストランを視察した。鎧兜に身を包み、従業員に紛れて久々の店内を巡り歩く。
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「広くなったねぇ…」
「はい」
上山の視線が鋭く動くたびにハッと緊張しながら、八幡は店の現状を丁寧に説明する。
午後五時の営業開始からしばらくは入店待ちの行列も延びず、お客様の待ち時間はゼロに近かった。鎧武者の従業員の表情も穏やかなもので、接客にも余裕が感じられた。
ところが午後七時を迎えようとする頃、入店待ち行列は突如延伸を開始した。外階段に沿ってビルの外壁に巻きつき、店内は徐々に騒がしさを増す。皿が割れ、食器をひっくり返す音が頻繁に聞こえる。必死の形相で落ち着きなく鎧武者が行き交う様はまさに戦場である。
「前からこうなの?」
バッシングから戻ってきた八幡に上山が尋ねる。完全武装で三階から駆け上がってきた八幡は、すぐに答えることができない。
「……三ヶ月…くらい前からですかね」
上山は四階ホールを見渡す。
「ふーん」
鎧武者がキッチンに駆け込んできた。お客様からの催促だ。
「モズの早煮え…まだ出ませぬか」
モズの早煮え…鳥刺しをサッとお湯にくぐらせただけのシンプルな料理。契約農家から直接仕入れた自慢の鶏肉を使っている。原価が安く、素早くできて味も良い。店としては一番出て欲しい商品だ。こうした手のかからない料理でも、キッチンが裁ききれていない。
…何かがおかしい…それはわかっている。
22:30、ドアクローズ。25:00の閉店に向かって、店は落ち着きを取り戻す。
「八幡くん」
「はい」
「ちょっといい?」
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くたくたの八幡を引っ張って、上山は従業員の休憩室へと入っていった。後ろ手でドアを閉めようとする八幡を止めて、上山は引っ張り出した椅子に座る。
ああ…はじまるな。
八幡が『わかってますよ』という顔をすると、上山はニッコリと笑った。
「今まで何やってたんだ!」
上山の大声が響く。
「なんで、こんなになるまで業務の改善を行わなかった!」
「していなかったわけではないです」
「してないのと同じだ!厨房はオーダーに全然追いついてない、お客様の滞在時間は伸び放題だ。これじゃ入店待ちなんか解消するわけがない!」
上山の大声に、店舗をクローズして引き上げてきた従業員たちは皆振り返る。出退勤を記録するカードリーダーの前、帰り際の従業員の目につくようにドアを開け放ち、わざと見えるようにして八幡を叱りとばす。
「店舗を拡張したのは何ヶ月前だ?」
「三ヶ月前です」
「行列が伸び始めたのは?」
「三ヶ月前」
「お客様は増えたよな」
「増えました。でもそれ以上にホールが広くなりましたから…」
「キッチンは拡張したのか」
「………」
そうか…八幡は気がついた。
サムライトーキョーは、以前にあった飲食店をそのまま居抜きで買い取ってオープンした。居抜き物件だからキッチンに拡張性はない。新しい設備を導入するにも限界がある。
来店者を収容できるキャパシティが二倍以上になったのに対して、キッチンは規模も設備もそのままだった。料理を提供できる量も速度もそのままなのだから、行列など解消するわけがない。しかもホール拡張に際して、経営サイドで大々的な宣伝を行っていた。
やはり正解だ、この人を呼んだのは。
八幡はそう思う。
目の前で膨らんでゆくホール・チーフとしての仕事に忙殺され、八幡はマネージャーとして店舗を見る視点を失っていた。
「オーダーだって入店待ちの段階で聞いておけばいいはずだ。席についてから選び始めればそのぶん時間がかかる。滞在時間が長そうなお客様もそうでなさそうなお客様も、考えなしに配席しているな。メニューの配置もあまり工夫が見られない。手のかかる派手な商品ばかりが出る構成になってる。キッチンのオペレーションも開店当初のまま工夫が見られない」
耳の痛い指摘ばかりだ。八幡は本当に怒られているような気分になってきた。
「この店は、課題だらけだ」
「すいません」
「それに、どうして三階にステーションのひとつも置こうと考えなかった」
ステーションというのは、キッチンから遠い位置のテーブルの皿をいったん下げておいたり、ナイフやフォークを収納するカトラリーを積んでおく中継地点である。テーブルを清拭するダスターやアルコールスプレーなども収納できる、要するに便利な棚だ。これによって、スタッフはキッチンとテーブルのあいだの長い距離を何往復もしなくて済む
「…置こうとしてないわけじゃなかったんですよ」
「置けばいい。置けばよかったじゃないか」
「ステーションだけじゃありません。いま指摘があったような事は、ぜんぶ以前からやろうとしていたんです」
「ふーん…どういう理由でできないの?」
「あ…いや、それは…」
「なにが邪魔している。その改善を障害しているものは…一体なんだ!」
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上山は強く休憩室のテーブルを叩いた。
八幡は周囲を確認して、小声でつぶやく。
「いや、あの…店の意向で…」
「あたしがさせなかったのよ」
八幡が振り返ると、ドア近くに大貫部長が立っていた。
上山は立ち上がって頭をさげる。
「確かにステーションを置けば従業員は楽になるわよね。そんなことは経営側もよくわかってます」
「では…なぜ?」
上山がいつもの柔和な顔に戻って訊ねる
「だってアレ…」
上山は大げさにウンウンと頷く。
「カッコわるいじゃない」
上山の顔に困惑が浮かんだのを、八幡は見逃さなかった。
上山と八幡は、数字と理論の世界に生きている。彼らにとって最も大事なのは、業務のオペレーションが効率的かどうかだ。ところが大貫は違う。彼女はトーゴー・クロサワがアメリカで出会った空間デザイナーである。
彼女が最優先するのは『カッコいい』か『カッコよくない』か。
八幡が戦ってきたのはこれである。
「あんなの置いたら、カッコわるいでしょ」
価値の共有できないエイリアンと出会ってしまったかのように、上山は微笑んだまま凍りついている。妥協を知らない二人のあいだに摩擦が生じることは、火を見るよりも明らかだった。
真ん中に挟まって苦労することが決定した八幡は、眉を八の字に寄せて小さなため息をついた。

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