第3話:近くて遠い島 前編

上山がレストランを視察した翌朝から、八幡はさっそくオペレーション見直しに着手し始めた。
まず、サーブまで手のかかりそうな看板商品を値上げした。すると、普通のメニューに割安感が出る。手がかからない、よりスピーディにサーブできる商品の注文が増えた。そういう商品は原価も安いので利益率も高い。メニューは写真の大きさも並び順も月に何度も変える。こちらの出したい商品に、お客様の目を誘導するための工夫である。
オーダーも入店待ちの段階で聞いておく。席についてから選び始めれば、そのぶん時間がかかる。滞在時間が長そうな来店者は入り口付近に配席する。落ち着いていられる三階奥などに案内すれば、回転率は落ちてしまう。
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調理スタッフのそばには、トリノ・ガーデンのスタッフが複数ついて業務にかかった時間を入力・分析する。カメラを設置してオペレーションを撮影した時には、プロの板前はさすがに煩わしそうにしていたが。
分析が終われば、タイムアタックの始まりである。ありとあらゆる調理過程には秒数計測を義務づけた。最初は反発していた従業員も、次第に自ら作業時間の短縮に取り組み始める。
「発券機にて待ち時間をご確認下さい。記載された時間の10分前にはお戻り下され。お席までご案内申し上げる」
カップルがクスクスと笑いながら、外階段を引き返してゆく
頭を下げた八幡がちらりと液晶モニターを確認すると、待ち時間は40分を示していた。現在時刻20:10…ひと月前には3時間待ちしていた時間帯である。
「八幡くん…」
八幡のインカムに連絡が入る。上山の声だ。
「なんでござろう」
「会議始まるよ」
…すっかり忘れていた。
持ち場を別のスタッフに任せ、八幡は三階の会議室に向かう。
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オープン時間中に会議を開くなんて、ひと月前には考えもしなかったことだ。
「すみません…遅くなりました」
「いや、僕がこの時間しか会議出らんなかったもんだからさ。忙しい時間に申し訳ない」
クロサワオーナーが頭を下げる。八幡が恐縮する。
サムライトーキョーの経営陣も、この劇的な待ち時間の変化はさすがに評価せざるを得なかった。オーナーにもひと頃の険悪さはない。仏頂面をしているのは大貫部長だけだった。
クロサワが手元の会議レジュメを読み上げる。
「じゃ、それでは…えー、まず三階のステーション設置について」
「反対」
いの一番に、大貫部長から声が上がった。
「お客様の目につく所にそんなものがあったら、空間の印象を著しく損ねます」
「いや、しかしですね…勤務時間中のホールスタッフが一体どれほど歩きまわっているか、大貫部長はご存知ですか?」
毎時間、平均2000歩。
上山に命じられて計測した、八幡の切り札である。
過酷なオペレーションで知られる大手牛丼チェーンですら、毎時間大体1000歩以下である。しかも三階と四階の間には階段があり、レプリカとはいえ甲冑を装備してホールスタッフは走り回っている。
「これがどれほど異常な状態か、わかっていただけると思います」
八幡はホール図面を出す。
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「この三階の一番遠い“シマ”とキッチンの間に、ステーションひとつ置くだけでホールスタッフの移動歩数は激減します」
飲食業界ではテーブルのことを“シマ”と呼ぶことがある。ホールに点在している様子が島を連想させるからだろう。
「この三階奥のシマ…現在のホールスタッフの数で、キッチンとの往復体制を維持するのはあまりにも難しい。ここにステーションを設置して、カトラリーやダスター、アルコールスプレーをキッチンまで取りに行く過程が省略できれば毎時2000歩の移動歩数を割ることは容易です。洗い場まで一気に大量の皿を運べますので、単位歩数あたりの生産性も向上します」
つまり、皿一枚あたり運ぶのにかかる歩数が減少するということである。物流業界で用いられるロジックを応用したものだ。さらに八幡が続ける。
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「スタッフの移動歩数を減らすことができれば、ホールのオペレーションには余力が生まれます。期待されるのはサーブ時間の短縮、オーダーテイク時間の短縮」
ホールスタッフが余裕なく、飛び込んできたタスクに追い回されていればサービスは後手後手に回る。担当者がそれぞれの持ち場に落ち着いていることができなければ、お客様がオーダーしたいときに店員がいない、サーブしたいときに料理がサーブできないという事態が起こる。
結果、店側が支配できるはずの『お客様が喫食する以外の時間』はコントロール不能となる。この非効率から発生した時間的ロスは、お客様の滞在時間の長期化を招く。回転率は下がり、入店待ち行列が伸びることになる。
入店待ち行列が伸びれば、しびれを切らしたお客様を一秒でも早く案内する必要にせまられる。3名席に2名…4名席に3名…といった配席になり、席稼働率は66%…75%…と落ちる。するとさらに回転率が低下し、入店待ち行列が伸びる。悪循環である。
あまりに待ち時間が伸びれば、入店せずに帰ってしまうお客様も出てくる。この場合、リザーブされていたテーブルの席稼働率は0%となる。団体向けに確保した席がキャンセルになった無残なケースを八幡は何度か経験している。
「結局、ホールスタッフに余裕のない状況が、入店待ち行列を伸ばしているんです。待ち時間がさほどなく、お客様にストレスが無い状況下では、どのテーブルがいつ空くかをある程度店側でコントロール出来ます。すると入店待ち行列は短くなり、それがホールスタッフに余裕をもたらすというわけです」
クロサワオーナーが得心したように何度も頷く。
「三階にステーションを導入するだけで、店が抱えている問題のかなりの部分が解決するってことね…」
「そういうことです」
『わかって頂けましたか』といった満足げな表情で、八幡がニカっと笑う。
「でも…カッコわるいよ」
大貫がつぶやくと、経営幹部達の表情が輝きを増した。
八幡は落胆する。会議冒頭からの熱弁が徒労に終わったことが判明したからだ。
『カッコわるい』
あらゆる数字とロジックを覆してしまう、魔法の言葉だった。

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