第6話:夢の跡 後編 エンディング

「休出のヒト来た?洗い場はいって!」
鎧の籠手をつけながら、上山がインカムに叫ぶ。
休出とは休日出勤のことである。八幡がかき集めてきたスタッフが、ボチボチと店に集まり始めていた。
それにしても人が足りない…。
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オープンから二時間。上山はホールに立ち、オーダーを取り、皿を洗った。
とくに皿洗いの勢いは猛烈だった。人手不足のさなか、洗い場に山と積まれていた汚れものがキレイになくなる。プロの板前が手を止めてぽかんと見入っていたほどだ。
上山は少ないスタッフを四階に集中して配置した。配席に工夫を凝らし、旧フロアだけで店を稼働させる。
三階にお客様が流れたらアウト…。
上山なりの決死線を引き、八幡からの援軍を待つ。
時計は19:30をまわる。久しく見なかった入店待ちの行列が伸び始めた。四階席はパンパンである。
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ひとりの鎧武者が上山のもとに駆け寄ってくる。
「入店待ち先頭のお客様が戻りました。あと10分でご案内可能でしょうか」
「四階ホール満席にて。なんとかする。お客様にメニューを渡して待たれよ」
「御意!」
鎧武者が走り去る。
上山はホールを見渡す。お客様が動きそうなテーブルはない。
万事休すか…。
『補償』という二文字が上山の頭をかすめ、冷たい汗が兜の中を伝った。
「上山さん、三階、お客さん入れるよ」
上山が振り返る。
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クロサワオーナーとサムライトーキョーの経営幹部たちが立っていた。鎧兜に身を包み、完全武装である。
「オーナー…」
「義によって助太刀いたす」
「え、あの…どういうことでしょうか」
「手が足らないんでしょ?」
「あ…はい」
「大好物なんだよ、こういう状況…ピンチ?みんな病的なヒーロー好きだから」
幹部たちが声をあげて笑う。
「まあ、私が一番病気なんだけどね」
「いや…しかし契約ではホール運営は当社に一任…」
「我々の自由意志でやることだから。今すぐパートで雇ってもらっても構わないけど」
再び幹部たちが笑う。クロサワが彼らに向き直る。
「開店当初に比べたら、こんな忙しさは大したことないぞ!いざ出陣!」
『おー!』と鬨の声をあげて、幹部たちが三階ホールに散って行く。
「申し訳ございません…」
上山が頭を下げる。
「いや、俺が悪いんだよ。人を使いきれないくせに、オーナーなんかやってる俺が」
三階に下りていく大貫部長を横目で見て、クロサワは悲しそうな表情をした。
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同じ頃、秋田のアパート近くの公園で、八幡は秋田と待ち合わせていた。
八幡が近くの販売機で買ってきた缶コーヒーを秋田に手渡す。すると秋田は突然に頭を下げた。
「ちょっと…やめてよ…目立つよ…」
「すいません…八幡さん。俺の…」
「え?」
「全部…俺のせいなんすよ…」
頭を下げたまま泣き始める秋田の背中をさすって、八幡は途方にくれた。

20:30…ここまで、サムライトーキョーはどうにか開店以来のピンチをしのいできた。助太刀に入った幹部たちはよく働いたし、上山の奮闘は相変わらず続いていた。しかし、エントランスの液晶モニターに表示される入店待ち時間は、三時間を超え始めている。
幹部たちの体力は早くも限界である。長いこと現場を離れていたブランクに加え、オペレーションも当時とは様変わりしている。中年期を迎えた彼らの前には三階と四階をつなぐ階段が立ちふさがり、これが持久力と集中力を大幅に奪った。腰痛と膝痛をかかえる漫画家のクロサワは脱落寸前である。
大貫は何食わぬ顔でオーダーを取り続けている。懸命なその表情は、むしろ真摯にすら見えた。
食器をひっくり返す音が頻繁に聞こえる。オーダーミスが連発する。サーブまでの時間は長くなり、スタッフを呼び出すチャイムがあちこちのテーブルで一斉に押された。回転率は極端に落ち、入店待ち行列はますます伸びる。オペレーションは追いつかず、すべてが後手後手に回っている。
もはやこれまでか…。
目前の仕事をこなしながらも、上山はすでに『補償』を求められた際の事後対応について考え始めていた。
「上山さん…!」
皿を抱えて四階奥から戻ろうとした上山の目に、三階から階段を登ってくる八幡の姿が飛び込んできた。鎧兜に身を固め、背後には精悍な若武者たちを引き連れている。
「八幡くん…おそい」
笑いながら、上山はキッチンに駆け戻る。
ホールにスタッフがあふれた。後手後手に回っていたオペレーションは、通常以上の効率で回転を始める。入店待ちの行列はみるみるうちに解消した。
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25:00…閉店時間。疲れ切った鎧武者達が、あちこちのソファー席で倒れこんでいる。まさに戦のあとのような有様である。
「ちょっと…いいですか」
三階の従業員休憩室…兜を脱いで、ひっくり返った上山に八幡が声をかける。
「よくないよ…」
目を閉じたまま、上山は起き上がる事ができない。
「真相がわかったんです。一斉に欠勤が出た理由が」
億劫そうにして、上山が上半身を起こす。
「常陸明善です」
床に座って壁にもたれていた大貫が、耳をそばだてるのがわかった。オーナーと幹部たちは、八幡たちが駆けつけた段階で店舗から引きあげて休んでいた。
「所属している大手プロダクションの出資を受けて、サムライトーキョーとまったく同じ業態のレストランを出店する予定になっていたようで…」
ただならぬ内容に、オーナーも痛む膝を引きずって近づいてくる。
「常陸は高い時給を提示して、一斉にサムライトーキョーのスタッフに引き抜きをかけていたようです」
「常陸ちゃんが?」
「ええ、メチャクチャに高負荷な仕事もさせないし、プロダクションの伝手なら自分の側にもあると持ちかけたようですね。声をかけた従業員には所属プロダクションの名前を出して、引き抜きの件は絶対話すなと釘を刺していました」
業界の権威に睨まれたら、芸能活動に支障をきたすことは必至だ。店員たちは、引き抜きを受けていることを口に出せない状況に追い込まれていた。
「色々都合のいいことを吹いて回っていたみたいで…プロデューサーに紹介するだの、映画のキャストに推薦するだの…みんな似たような内容で」
「二重手形か」
「二重どころか、三重、四重ですよ…途中から考えるのが面倒になったんでしょう」
大貫の舌打ちと悔しそうなつぶやきが、静かな休憩室に反響する。
「常陸…あいつ…」
「秋田くんに協力してもらって、常陸のウソを暴いて回ったんです。そしたらみんな店に戻ってくれるって」
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大量欠勤が発生する数日前、秋田はメッセージアプリのグループに常陸明善を招待してしまっていた。サムライトーキョーのパートスタッフだけが入れる、業務の愚痴を言い合うための秘密のグループである。常陸はそこからスタッフ個々の連絡先IDを入手していた。
八幡は大貫に向き直る。
「申し訳ありませんでした」
大貫は不思議そうな顔をして、謝る八幡を見上げる。
「僕はあなたを疑いました。スタッフの大量欠勤を企てたのはあなたではないか…ステーションの一件で、トリノ・ガーデンを目の敵にしているのかと…」
「それなら私も謝るよ」
クロサワオーナーも頭をさげる。
「私も疑ったんだ」
続いて上山が頭をさげる。
「申し訳…ございません」
気まずい沈黙が数秒流れた。
「いいわよ…」
きついイメージの大貫の表情が、珍しく緩む。
「結局、あたしもパートの仕事をわかってなかった。あんな安い給料で、こんなしんどい仕事押し付けられたら誰だって逃げ出したくなるわね」
クロサワオーナーが、恥ずかしそうに笑う。
「みんな文句も言わずに我慢してくれるから、勘違いしていたよ。大貫ちゃんの特殊な人脈に頼りすぎてたな…」
八幡が頷く。
「パートの労働条件も労働環境も、見直しが必要かと思います。でも、とりあえず明日にしませんか?」
クローズ作業を終えたスタッフが、一斉に打刻用のICリーダーにたかり始めた。
「今日、超勤なんかしたら私は確実に過労死ですよ」
八幡は冗談のつもりで言ったのだが、居あわせた一同からは少しも笑いが起きなかった。経営幹部の面々も、従業員の待遇について深刻に受け止め始めていた。サムライトーキョーが『カッコいい』かどうか以外の価値を、初めて受け入れた瞬間だった。
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トリノ・ガーデンとサムライトーキョーの業務提携契約は、無事に更新された。
大貫部長がトリノ・ガーデンに課した条件を、八幡と上山は見事にクリアした。入店待ち行列は今やほとんど見られない。
もう皿の割れる音や、食器をひっくり返す音も聞こえない。必死の形相で走り回っているサムライもいない。
パートスタッフの時給も上がり、大貫の人脈に頼らなくても人材確保に苦労することもなくなった。あれからも、たびたび常陸明善による従業員の引き抜きが行われたが、応じる従業員は一人も出ていない。
経営サイドは店舗の運営に直接関与することになり、八幡の常駐は終了した。
パートスタッフが鎧兜で整列して八幡を見送る。まるで軍隊の儀仗のようだ。
上山がコンサルを担当しても決してこんなことは起こらないから、こういうときに八幡の人徳はすごいものだと感心する。
秋田は目に涙をためて、名残惜しそうに八幡と硬い握手をかわしていた。
四階エントランスに向かって階段を上る上山の目に、寺の山門のようなド派手なステーションの姿が飛び込んできた。
このままにはしておけない…と、大貫がデザインした特注品だった。なるほど、市販品を設置したのではこうはならない。
なんというか…全然違う。カッコいい。
八幡と上山は無言で大きく頷いた。そして、再び四階への階段を上り始めた。

                               完

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